デザインあ展

日本科学未来館で開催されている、
デザインあ展に行ってきました。

 

「新しい何かを『つくる』ために大事なことは、この世界の中で何をどのように『みる』かだ」

と、映像ディレクターの中村勇吾さんは仰られています。

 

その言葉の意味は、会場に行ってみてよく分かりました。

 

 

展覧会にいく今日まで
「我ながら発想力はあるほうだ😙」
と思っていたのですが、

 

「こんなふうに見たことなかった………」
と思う視点からつくられた作品がたくさんあり、

自分の持っている視点の乏しさに気付かされました。

 

日常生活に活きそうなヒントがたくさんあり、
収穫盛り沢山でした。

行ってよかったです。

 

発想力、作品をつくる技術が素晴らしいです。

 

 

p.s. 5階のプラネタリウムで上映された作品や常設展を見て、物理や化学や地質学などに対する興味がようやく芽生えました🌱


https://www.design-ah-exhibition.jp/

妄想に浸れなくなった

こんばんは。

 

最近は毎日朝から晩まで慌ただしく過ごす日々を過ごしております。

 

仕事の内容上、一人の人間と丁寧に向き合う時間は増えました。

 

毎日2〜5人くらいの人たちと数時間向き合っていると、(ざっくり一言で言えば)疲れますが、楽しいです。

 

気付くことが溢れてきて、

それを書き留めていく時間が十分にはなくて、

もったいないことをしているなぁ…と感じます。

 

とはいえ、しっかり寝ないと

次の日のパフォーマンスがひどくなってしまうため、

サービスを提供している立場である以上は、

睡眠時間を削るわけにはいきません。

 

気付いたら朝で、仕事がおわったら(実はそれで終わりではなく、これからやらねばならないこともあるんですが)、夜です。

 

 

あっと言う間に時間が過ぎていきます。

 

 

 

 

裸足で散歩

今日は友達と銭湯に行ってきました。

待ち合わせ場所についたら、友達がなんと、裸足でいました。

「なんで裸足なん?」と聞いたら、靴擦れして足が痛かったからとのこと。

「やばw」と思いながら、裸足の友達と銭湯へ。

 

私も、銭湯の前の通りに差し掛かった時に

どうせ洗うからいいだろうと思って、裸足で歩いてみました。

 

「地面熱いなぁ」

「痛っ。ここ、地面とがってるやん」

「お、ここ冷えとう」

友達「でしょー。結構裸足で歩いてみると気づくことあるんだよ」

友達「あと、裸足で歩いてるのに、すれ違う人だれも気付いてないの面白いね」

 

思いついたアイデアを実行し、

こういう行動を面白がれる人、いいですね。

忙しくなりました

こんばんは。

更新が途絶えがちになっていました。

 

最近は、主要なお仕事である個別指導が盛況です。

みんな、夏休みに入ったためです。

夏休みの間に、苦手を克服しようとしている生徒たちの勉強をサポートし(ようとし)ています。

 

今日は、1日で5件の個別指導を行いました。

小学生から中学生まで、科目も単元も、みんな違います。

 

全員の指導報告書づくりだけで、1時間半かかりました。

 

授業準備もこれから行います。

 

・進度にあった教材の購入

・その子の苦手な分野のポイントを整理(配布)

・間違い対策のための類題探し

・ノートまとめの仕方のアドバイス

 

想像力がかき立てられて、面白い作業です。

時間はかかりますが…

 

このお仕事をいつまで続けるのかは分かりませんが、

みんなしっかり勉強しようとしてくれるため、

また、親御さんからも熱い思いがつまったメッセージをいただくため、こちらも手を抜けず(もともと手を抜くことが苦手な人間ですが)…

結果として、どんどんハマっていっています。

 

私でなくても、世の中には優れた先生はたくさんいらっしゃいます。正直、知識や教え方に関しては、他の先生方のほうが上手でしょう…。

泣きそうになりながら、向いていないことに取り組んでいます。。

 

私が得意とすることは、たぶん、わかりませんが、失敗することに対する抵抗を和らげることでしょうか。

 

「間違っていいから、何か言ってよ〜。私、指さしとうやん、見えたら言えるはずや」

「はい、正直でよろしい、正直なことは大事なことや」

「え!?え、じゃあ、わかった。はい、なんでそうなるか説明してみて。聞いてあげる」

「おお、おお。すごいやん。なんでできるん?」

「やば。私でもすぐに思いつかんかったのに、よう思いついたね〜」

「さっきからずっと頑張ってたし、疲れたやろ。てか、私が疲れたから、ちょっと休憩しよ」

 

ほんまにこんなこと言ってたっけ…

わかりません。

 

 

私は人生自体なんか間違えてる気がするから、数学とかの問題で間違えることくらい大したことちゃうわ、と思います。

 

 

私の人生は、失敗だらけです。

とはいえ、もう、何が失敗で何が成功か、分からなくなってきました。

 

眠いので、適当なこと言ってます。

おやすみなさい💤

17歳の時に書いた日記

中学生の頃からつけていた日記を読み返しています。

 

「私、将来、法学部じゃなくて教育学部に行こうかな。根本にあるのは、いろんな人と出会いたいっていうこと。よく分からんけど、誰かの悲しみ苦しみを少しでも和らげられる人になりたい。せっかく今生きてるんやから、自分らしく生きて、人生楽しもう。いつもいつも正しいのは、他人の意見じゃない」

 

→こういうことを思ったと思えば、

人を信じられなくなるような事件が起こり、

「見る人みんな敵やと思って生きるしかないやん。自分の身は自分で守らねば…。もう誰も信じられない」

「人の弱みにつけこんで、自分の利益を上げようとしている人、喜んで私みたいな人に飛びつくんやろね。そういう人多いんやろね。頑張れ自分」

と日記に書いている。

 

「なんのために勉強しているのか。張り合うためじゃなくて、自分のためって思える夢をもちたい。ずっとこのままの状態でいられるわけじゃない」

 

「限りなく虚しさを感じる今日この頃。私、このまま行ったら、人間不信で心から笑うことを忘れた人間になりそう」

 

友人の発言「人に嫌なことされたら、その話聞くんも嫌やろうと思って、嫌だったことを親とかの誰にも言わんと自分の中に溜めて。一人でうわぁ〜〜ってなって。逆に迷惑をかけて…。だからいつか変わらなあかんと思うねんけど」

 

「勉強するのは、少しでも私のいる世界を広げて、私が思うよりも世界が素晴らしいことに気付きたいから。だから自分のため。逃げることは簡単だけど、逃げたら全てが終わる気がする。自分が生きやすくなっても、誰かを犠牲にするのは嫌。」

 

 

東大見学会にて、高校OBの彼女さんに

「将来何したいの?」と聞かれた私。

「とにかくみんな平和に暮らして…。でも一度きりの人生を人のために尽くして生きるのか、それとも平和にのんびり生きるみたいに、自分の幸せを追求するのかで悩んでいて…」

と話したら、閉会後にハグしてくれて、

「未来は自分で切り開くのよ」

(今聞いてもカッコイー。)と言葉をくれた。

 

 

 

……以下、18歳の私の言葉……

 

「大学生になったら、将来の夢の選択肢が広がるよね。一部の人間に支配される世界なんて嫌だ」

 

「賢くなって、固定化した価値観(my sense of value)を捨てて、自己実現していくねん。今はその準備期間」

 

「面倒くさくない人と友達になりたい。流されやすくない人と友達になりたい。(やっぱり東大に行かねば)」

 

 

……以下、浪人時代の私の言葉……

 

「人間的に好きな人には出会いたい。また日々が楽しくなると思うと。」

 

 

……いつ書いたか分からない言葉……

 

「自分の気持ちに素直になれば、

見えないことも、見えてくるはず」

 

 

……

 

今の私からはなかなか出てきそうもない言葉がありました。

 

中学の時に書いた日記

実家の自分の部屋で、中学の時に書いていた日記を読んでいました。

 

以下、抜粋して書いてみます。

 

……

 

「人と少しも目を合わせんようにしているのは治したいかな。…人が怖いねんよ」

 

「私は今までずーっと人が嫌いで。だから多分これからもずーっとそうで…。人を好きになれたらいいんやけど…」

 

「人が嫌い。人が怖い。人を信じられない」

 

「選挙で立派な演説をしている人に聞いてみたかった。私は迷惑な人間じゃないですよねって。だって、なんか周りの人に不快な思いをさせてばかりっていうか…」

 

「最近ほんまに周りの人に迷惑をかけっぱなし。1日10人には謝らなね。自転車10台くらいドミノだおしになった。車掌さんにドア開けてもらった。テニスでぼーっとしてた。いろいろあるんよ、他にも。すいません。すいません。すいません。だから、学校にもあまり行きたくないんよ。でも、行かんかったらそれだけでまた迷惑かけてまうやん」

 

「舌打ちされたら、心のなかで『ごめんなさい』と謝るような、そんな気の弱い人間になんかなりたくない。自分に自信をもって、違うなら違うとちゃんと否定できる人間になりたい」

 

学校に行こうとして駅まで行って、また家に引き返して、休んだ日もあったみたいです。

 

 

……

 

この頃の自分からは、だいぶ変化したと思います。

 

自分が変化すると、以前の自分のことがよく分からなくなってしまいます。

かつての自分のことすら分からなくなるのに、他人のことなんて、分かるはずがありません…

 

半年前までの自分との違い

最近、過去の自分から離れていっているな…と感じます。

 

自分が車だとすると、空いた高速道路をアクセル踏んで、ブーン!と飛ばしていっているような感じがします。🚗💨💨💨

今までいた街から、どんどん離れていって、見える景色が変わってきたような感じがします。

 

 

なんでアクセルを踏んでいるのか?

 

簡単に答えてみます。

 

 

1. なんでアクセルを踏んでいる(ように過去の自分から離れていっている)のか?

 

1) 「変わりたい」という意識の高まり。

(車の旅🚗に例えると、「旅行にいきたい」という気持ちが高まった)

大学を卒業して、社会人として一人前にならないと…という意識が芽生え、このままではいけないと思った。一人前になるためにも、不要な荷物は置いていかないと…と思い始めた。

 

2) 変化を後押ししてくれる他者が周りにいるから。

(車の旅🚗に例えると、旅行に関する情報が集まり、実行に移しやすい状況ができている)

「変わりたいな…」と自分一人が思っていてもなかなか変われないものだと思いますが、幸いにも「今のあんたのこんなとこ、もういらんから捨てて行き!」「こうしたらもっと良くなると思うよ」「自分で自分のこと『こうだ』と決めつけているの、もったいないよ」などと声をかけてくれたり、変化を後押しするグッズや情報を与えてくれたりする人たちがいるおかげで、変化しやすい状況が作られています。

 

3) 日常生活で最低限やらねばならないことの負担が減った

(車の旅🚗に例えると、旅行に割ける、時間的・体力的・精神的余裕ができた)

毎日やることに追われていたり、毎日肉体的・精神的にヘトヘトになっていたりすると、なかなか今の自分から離れていこうとは思えないと思いますし、仮に思ったとしても実行できる余裕がないと思います。

「人生の夏休み」ということにして、頑張りスイッチをとりあえずオフにして、今は生活していければまあいいやというスタンスに切り替え、気楽になったことが大きいと思います。

書きながら思いましたが、これは1)「変わりたい」という意識の芽生えの前提条件になっている気がします。まあ、個人の意思だけでなく、外的な環境が急激に変化し、それに適応していく過程で否応なくそう思うようになった面もあると思いますが…(生理・心理・社会モデルに則れば、それぞれのシステムは互いに関連しあっている)。

 

4) 変化している私を「いいね」とポジティブに評価してくれる他者がいるから。

(車の旅🚗に例えると、…うーん、何でしょう…。方向性は間違ってないんだと認識できるという意味では、案内板の存在でしょうか?)

 

ちょっと頑張ってみたら、「いいじゃん!」「いいね」「その意気」と声をかけてくれる他者がいるから、こんな感じでいいんだと思って安心する節があります。

 

 5) 自分の弱いところを言葉にした時に、それをまるっと受け止めてくれる他者がいるから。

 

(また他者でした)

 

6) 今の自分に自信を持たせてくれるような出来事が、いくつかの領域であった(ある)から。

(車の旅🚗に例えると、運転技術に対する自信でしょうか。)

 

「少なくとも今、その(とても小さな)領域においては自分くらいにしかできないっぽいぞ…」と思えることが、ちょいちょいあります。それが自分への自信に繋がって、さらなる高みを目指す意欲を高めたり、実際に行動に移す際の自信に繋がったりしている気がします。

 

 

………

 

…面倒くさくなってきました。_(:3 」∠)_

 

なんでアクセルを踏んでいるのか?

いろんな要因が集まって、その状況を可能にしているっていうことでしょうか。🚗💨

 

……

 

話は逸れますが、今の自分の思考の仕方の当たり前、当たり前になってしまっていることを可視化して、本当にこれが最適なのか?と、積極的に見直しをしていかないと…と思います。

 

正直、小学生の頃からあんまり変わっていない部分は、この際にちゃんと見直していきたいと思います。